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またご無沙汰してしまいました、年が明けて1ヶ月が経とうとしているのに
いつまでも「良いお年を」じゃいけませんね。。 今年もよろしくお願いいたします。 ブログに載せる「写真」や「事柄(娘の成長の事など)」書く事はあるのだけど 億劫になってしまっている自分がいました、そんな平凡な日々を過ごしていた 週末の土曜日、夕食を食べようとしていた時、 娘が「お腹が痛い」と言いだしたのです(1月21日(土)の事です) 娘の入院。手術の事です、後で読み返す自分の為でもあるので少し長いです 興味の無い方はスルーして下さいね。 「いつもの」だと思いベッドで寝かせていました、でもどうも痛がり方が いつものとおかしい起こそうとすると異常に痛がる。。 ついに立てなくなって歩けないほど痛がるので「これはおかしいと」 ネットで症状を検索、似てる症状が「急性虫垂炎」と書いてある 「5才以下の症例は稀で、10~20歳代に最も多い」と書いてある 娘は5歳3カ月なんだけど。。と半信半疑 「6歳以下の乳幼児では診断の遅れから容易に重症になる」 「幼児は炎症の進行が早く、容易に虫垂壁に穴が開き、腹膜炎となる」 なんて書いてある。 こ、怖くなって夕食の後片付けもしないで小児病院の救急に行く事にしました とにかく触ろうとするとものすごく嫌がる お腹を抱え込むような姿勢をとる(右足を曲げると少し楽らしい)ので 旦那がお姫様抱っこの形で車まで連れて行きました。 ジェノヴァにあるガスリーニ小児病院の救急(ER)にお世話になるのは今回で3度目 1回目は娘が1歳半の時、友達の娘のお誕生日会で私が娘の手を持って ぐるぐる回転していたら(足が浮く形で回していた) 完璧に「ピキッ!」と聞こえその瞬間娘のぎゃん泣き、 すぐERに駆け込み先生が娘の手を持ってちょっと動かしただけで娘が泣きやんだ時。 この時は肘が外れてしまってこの月齢の子に多いんですよと言われもう2度と 手を持ってぐるぐる回転するのはやめようと誓った日でもありました。 2回目はもうおととしになる水疱瘡の時。 この時は女医さんでこの女医さんが天使に見えた日でもありました。 そして今回の3回目。 救急(ER)に着くと土曜の夜(9時)だからかすごい人、受付するのに2時間以上並びました。その間娘は痛みが治まったのか、置いてあるおもちゃなどで遊んでいる、 たまに「お腹痛いー」と言うけど家で旦那が「ジャンプしてみて」と言っても出来なかったのにERでは出来るようになっている、 「このまま診てもらわずに帰ってもいいのかな。。。」と思いつつもやっと受付してもらう(11時過ぎ) 受付のお姉さんは夜中で働きっぱなしだというのにすごく優しく丁寧で まず子供の緊張や不安を取り除こうとしているのが良く判った。 このお姉さんは「多分お腹の中でうんちが移動する時に起こる痛みかもしれない でも内科医と外科医のお医者さん両方見てもらいましょうね、とりあえず尿を取ってね」と言われ私もこのままもう痛がってない娘を家に連れて帰るより ネットで読んだ「判断が遅くなると~~~」がどうも気になったのでちゃんと診てもらおうと思ったので尿を取って30分くらい待っているとまた呼ばれ中に入りました。 最初に内科医が娘のお腹を何度も押したりぐるぐる触ったり聴診器で診たり 「お腹にガスが溜まってるからちょっと判りづらいんだけどね~。。。」と言いつつも また何度も触っていると先生の携帯が鳴った! 「ほ~ら!かみさんから電話来ちゃったよ~」と電話を取る先生。 「今日どうだった?」なんて会話して「随分日本と違うな~」と思いながら 見てたけどあまりその時は嫌な気分にならなかったです (いつもならこのイタリア人め早くちゃんと診ろ!となる) その後、部屋を出てもう2人の男の先生を連れて来て (これが外科の先生) お髭の先生が娘に優しく話しかけながら同じようにお腹を触診 3人でひそひそ話して(両親神頼み状態) 検査する事になり まず血液から採る事になりました。 旦那は医大に2年も通って医者を目指していたにもかかわらず (実際「オギノ式」という言葉を知っていてびっくりした 苦笑) 血液を採る所を見ると倒れてしまうので旦那は背中を向けて(情けない!) 私が娘についていました。(夜中の1時頃) 日本で日本脳炎の注射の時は泣かずに何でもなかったのに 針が刺さっている時間が長いせいか 娘は針を刺すところから血液を採ってる様子を見ながら 「ぎゃーぎゃー」と泣いていました (見なきゃいいのに。。。) その後、別のお部屋に行って点滴しながら(抗生剤と思われます) 娘は寝てしまいました。 寝させてもらっていると2時頃急に起こされ(私達は起きてます) 今度はエコー(超音波)の検査、寝ていたのに急に冷たいジェルをお腹に塗られ娘も 訳判らなかったんじゃないかと思います、でもエコーの先生(中年のエレガントな女性)もやっぱりやさしく子供の不安を取り除くように接して下さいました。 そして救急病棟から外科の病棟に移って入院する事になり旦那は一旦家へ (夜中の3時頃)朝9時に来るように約束して私は着てた服のままで寝たけど 一睡も出来ず朝を迎えました。 次の日、旦那が9時半に来てまだ娘のお腹の痛みは何だったのかがはっきりしないままとりあえず入院の準備などがあるので今度は私が家へ戻りました。 すると旦那から 「検査の結果、虫垂炎で2時45分から手術する事になったから出来るだけ早く来て」と 電話がありました。 私は入院の準備もせずネットで「虫垂炎」の事を調べていて色んな事が書かれてあり不安1000%になっていた所の電話だったので半泣きで入院の準備をして 自分のシャワーも浴びずすぐ病院に向かいました。 病院に着くとホテル感覚でいるのか(娘はホテル大好きなんです)何だか少し楽しそう。 血液とエコーの結果で急性虫垂炎との結果、白血球の数値が異常に高くなっている事 エコーの写真で判断され手術となった事。 (他にもあるようだったけど真っ白になっていたので記憶にない) 時間になると看護師さんが来てストレッチャーに載せて移動(これも楽しそうだった) 入る前に私達はマスク、髪の毛を覆うネット(?)靴を覆う青いカバー 白衣のような服を着てる服の上から着て手術室の横にあるテレビが置いてある部屋に入る(リラックスさせるためにあるお部屋みたいです) 看護師さんは娘に何が見たいか二人でビデオを選んでいる 私達は麻酔師から色々質問を聞かれ答える。 娘の体重を聞かれ最初「15キロ」と答えたけど麻酔が効きすぎて目が覚めなかったり 意識が戻った所で記憶を無くしていたり(飛躍しすぎ)と心配で仕方なかったので 「あの~昨日のお昼から何も食べていないので今は14.5キロくらいだと思います、 もしかしたら14キロ切ってるかも。。。。」と震える声で言ったら少し笑われました。 口から吸い込むタイプの麻酔らしく看護師さんがマスクをおもちゃを扱うように楽しく説明してくれている この時点で私の緊張と不安もMAX2000% 「はい、では行きましょうね~」と時間になったのでストレッチャーに載った娘にキスをして娘は手術室に入って行きました。 日曜日の午後、病院内はとても静か、この静けさも手伝ってか緊張や不安から 私は泣き崩れてしまった。 旦那は黙って見守っている、私は泣きながら母に無事に終わるよう懇願した。 30分位おろおろと泣いただろうか、少し落ち着いた私に旦那は 「sono bravi ,sono bravi(彼らは優秀だから大丈夫だよ)」と 言ってくれた。 時間が長引くと嫌だなと思っていたので旦那に時間を聞いたら ちょうど1時間位たった所だった それから5分くらいして部屋の扉が開いた。 まるで良く見るドラマのシーンのようだった あの赤い「手術中」というサインは無いけどまさしくそれだった。 先生が開口一番「tutto bene, è gia sveglia(大丈夫ですよ、もう目覚めてます) 」と聞いた瞬間、膝から(また)泣き崩れそうになった。 先生はまだ説明してたけど私の耳にはもう何も入ってこなかった とにかく安心して早く娘に会いたくてもうイタリア語は宇宙語にしか聞こえなかった。 宇宙語の会話が終わり先生たち(中年と若者)が中にまた入って行くと 私は顔に手を当てて声を殺して泣いた、そして久しぶりに 旦那と抱き合ってお互い喜んだ。 そして娘が裸でシーツに覆われて出てきた。 その時の娘の様子ったら今まで見た事ない苦痛にさいなまれ吐き気と痛みで 訳が判らなくなっている様子だった、子供が熱を出したり咳で苦しんでいると変わってあげたいと思うけどこの時ほど変わってあげたいと思った事は無かったです。 娘はなぜか旦那に怒っていてパパが話しかけたり触ろうとすると 異常に反応して「ぎゃゃゃ~~ぁー!」と威嚇、「perche?(なんで?)」と旦那は寂しそう。。 私はそれが少しおかしくて、でも嬉しくて(元気な証拠なので)、娘の背中をさすりながら 痛み止めと吐き気止めの点滴で眠くなっていく娘についていました。 2~3時間位寝たでしょうか、娘が起きました、穏やかな感じでもうパパにも怒っていなくなってました 夕食の時間でしたが娘は点滴のみなので食べれません、 面会時間以外は付添の人は一人と決まっているので 旦那にパンを買ってきてもらい私はそれを食べ旦那は家に帰って行きました。 点滴をしているのに尿管に管を通してないのでおしっこをしたくなったら なんとベッドの上でさせるのにはびっくりしました。 あれだけの液体が体に入ってるのですからおしっこをしない訳にはいきません その度に私がトイレに置いてあるバケツのような(尿瓶とはまたちがうもの) を持って来てまだお腹に痛みのある娘を起こしおしっこをさせるのですから こういう所はもう少し何とかならないのかと思いました。 ただ術後、初めておしっこをしたいと言われた時は良かったと思いました 実はパパに怒っている時、力が入っていたのか)おならも聞こえたので後は便のみです。(盲腸の手術の後おならをすると治りがいいとか言いませんでしたっけ?) さて日曜日の夜、病室で寝てる時何の音が聞こえたと思いますか? 夏の夜に悩まされる蚊の飛ぶ音です、1月も後半になるのに蚊がいるなんて 暖かかった証拠ですよね。 月曜日の朝はさすがに人の出入りも多く慌ただしい感じでした ボランティアの女性2人が入院してる子供達と一緒に遊んでくれたり おもちゃを提供してくれ娘もベッドの上でおままごととパズル、お絵かきをしました。 そんな時もう一人4歳の男の子がお☆んちんの先を真っ赤に染めた全開状態で ストレッチャーに載ってやってきました(切ったんでしょうね) この子も昨日の娘と同じで泣き叫んで病室に帰ってきました。 (娘は「ママ!お☆んちんの先が!」と興味津々) 同じ部屋にはもう一人先に別の4歳の男の子がいました、パパママと3人でアンコーナ からやってきたご家族です、この子は原因不明の腹痛で食べると吐いてしまいます。 パパは近くのホテルに泊まり(付き添いは一人なので)面会時間にやって来て夜帰っていく毎日です 私達は車で荷物を取りに行ける距離なので旦那と交代できたりできるけど 遠くからもしくはイタリア国外から来てる人達は大変だと思います。 この日の夜、娘はベッドから降りて少し歩いてみました。 それが良かったのかウンチも出ました! お腹を少し曲げるように小股で歩く姿は痛々しいもののかわいかったです。 そして私は疲れもピークに達していたにもかかわらずお☆んちんの男の子が ずっと「アイヤーー(痛いー)」と付添の(なぜか朝いたママは帰って行った) おばあちゃんと病室を出たり入ったりと 大騒ぎだったのでこれまたほとんど一睡も出来ず。 火曜日、娘はベッドから降り歩いてボランティアの人がいるおもちゃやビデオがあるお部屋にずっといて いろんな工作作りやお絵かき、塗り絵、ゲームを楽しんでいました。 (今通ってる幼稚園よりいいと思ったりして。。) 火曜日の朝回ってきた先生からも明日帰ってよろしいと言われ 後は食べるものに気をつけてしばらく療養して回復を待てばいいという形で 水曜日に退院しました。 水曜日、部屋を出る時ずっと一緒だったアンコーナの男の子のママと私は涙ぐんで お別れしました。 娘の点滴の器械が「ピーピー」と(夜中に)鳴ってしまったのに起きてナースコールを呼んでくれたり アンコーナの男の子が吐いてしまった時私の寝てたシーツを差し出して応急処置(?)に使ってもらったり4泊一緒に協力しながらやってきたし子供を思う心配する気持ちは 一緒なのでお互い泣いてしまいました。 土曜日の夜にERに着いてから18時間後にはもう手術でした。 子供のお腹痛いなんてしょっちゅうだし よく様子を見ましょうとなる事も多いと思うけど大事に至らなくて本当に良かったです。 ただ沢山の子供達が(元気そうに見えても)病気なんだと言う事実には 心がしめつけられた4日間でもありました。 ![]() 娘は点滴の針が刺さっていた跡を見て 「ここからお薬入ったの?」と聞くので 「そうだよ、どうだった?(痛かったという意味で)」聞いたら 「おいしかった!」だそうです、救われます(笑) それと 「また月に行きたい~」と言うので 「???なんで?」と聞いたら 麻酔を(マスクからの吸引麻酔)する時に看護師さんや麻酔師さんから 寝てる間に月に行くと言われたようです。。 私はもう御免です(笑) 最後まで読んで下さってありがとうございました。 娘を始め皆さんが少しでも楽しい素敵な時間を過ごす1年でありますように。。。 イタリアに着いてもうすぐ2週間、未だに夜8時半就寝の私です
そしてもうすぐ年明けですね。 今年ほど時間が過ぎるのが早かった年はなかったような気がします。 クリスマスイブの日、我が街S市の教会からサンタさんが各地へ出発しました。 ![]() そして今日もクリスマスランチはありますが昨日のノンニ(ジイジバアバ)宅で クリスマスプレゼントを開ける娘、乗れないのに「欲しい、欲しい」と 言われていたローラーブレードをゲット! ![]() 自転車もまだ補助輪付きなのに大丈夫なんだろうか。。(笑) ゆっくり練習してみます。 これから2日目のクリスマスランチ、何する訳ではなく食べて飲んで喋りまくって。。 それを上の空で聞いてる私、本当は苦痛なんですけど こうして健康で食事できる事に今年初めて感謝したりして。。。(苦笑) こんにちは。
満席のANA便ミュンヘン行きの中で映画4本見たsoreseです。 娘は時差ぼけなくすぐ欧州時間に適応し私は未だ時差ぼけ進行中 そんな中、今日はイタリアの幼稚園で(もう通っているんです)行われた クリスマス会がありました。 日本を出発する3日前にもお遊戯会があったので まとめて紹介します。 ![]() これは日本のお遊戯会。 日本の幼稚園のお遊戯会は全園児「見せ場」があります。 それに今日イタリアのお遊戯会を見て思いましたが日本のお遊戯会は 完成度が高いんです、みんなとても上手に決まった動き(踊り)や歌を披露していました。 ![]() こちらはイタリアのお遊戯会。 自由な感じがいいですね(笑) あっという間の日本滞在でした。 思う所が沢山あった滞在でもありました。 もっと頻繁に更新出来るといいのだけど。。いつも見に来て下さってる方 本当にありがとうございます。 facebookに写真載せて満足してしまってる自分もいますが こちらも頑張りますので(まだ笑)よろしくおねがいします。 師走に入った途端急激に寒くなりました、冬本番です。
とはいうものの11月30日に紅葉を見に行ったばかり(笑) 今日はみぞれ交じりの雨も降って(あれっ?日本語おかしい?みぞれは雨??まいっか) そのうち紅葉した葉に雪が積もったりして! 紅葉を見に行った日は暖かくて次の日12月1日は真冬の気温 そんな中幼稚園ではお餅つき大会がありました。 ![]() お餅つきは2年に一度らしく年中さんの子たちはこれが最初で最後。 運良く体験する事が出来ました。 「よいしょ~! よいしょ~っ!」と掛け声をかける子供達、 寒さなんて感じないのでしょうね、回りにいるママ達はカメラ片手に 震える手を抑えながら撮っていたんじゃないでしょうか(笑) あ、それは私か
横浜にあるアンパンマンミュージアムに行って来ました。
![]() 3年前の2歳位の時に行っていたら母子共に大変な事になっていただろうな~ と思いました。 でも着いた瞬間は大興奮でしたしメロンパンナちゃんが出てきてくれた時も抱きついてたのは娘だけ(笑) ![]() これは買わずにはいられなかったジャムおじさんのパン工場 ![]() ですので3つだけ(あんぱんまん、ドキンちゃん、メロンパンナちゃん) ドキンちゃんが一番おいしかったです。 ランチは叔母と2人の従妹と中華街で頂きました。 ![]() 小籠包のおいしいお店(写真なしです)娘は1人前以上食べてました。 先月新大久保にも行ったんですが新大久保もすごい人だったけど 中華街も以前にも増してすごい人、タクシーの運転手さん曰く 「今日はそうでもないよ」との事でした。 こんにちは。
日本の秋ってこんなに暖かかったかしら?と思うほど イタリアから持って来た服の出番が全然ありません。 私の体質変わったのかもしれませんが。。。ヤダー さて、未だにプリンセスブーム真っ只中な娘、 先月5歳になった娘のお誕生日プレゼントとして 東京ディズニーランドホテル内にあるビビディバビディブティックで おまじない(魔法)をかけてプリンセスに変身するというコースを予約して行って来ました。 最初、予約が全く取れなくてめげていた時、幼稚園のバスのお迎え前にふとパソコン開いて見ると キャンセルが出たのかお昼の時間で取れたのでその場で予約しました。 ![]() 教えてくれます。 そして白雪姫、シンデレラ、ベル、オーロラ姫の中からドレスを選ぶのですが 行く前に娘とシュミレーションしてドレスも「シンデレラ」と決めていたのに その場にいた(変身が終わった)少しお姉ちゃんがオーロラ姫のドレスを着ているのを見て 「ピンクにするぅ~、オーロラ姫~」と予定変更。 「まいっか」と思って衣装の説明を受けていた時 「やっぱり、シンデレラ!」とまた変更。 気を取り直して中に入りプリンセスの変身の始まりです。 緊張の面持ちの娘。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 初めて自分の姿を見る事になります。娘は恥ずかしそうでした。 そして、ブティックの真向かいにあるスタジオで写真撮影です。 ![]() ![]() ![]() ランドがいいと言いランドに行きました 夕方になり、さすがに半そででは寒いので着替えに車に戻る時 同じ幼稚園の子とばったり会って夜9時までこの格好で 一緒に遊び今まで乗った事のない絶叫系にも挑戦しました。 その結果ドレスは無残な姿に。。(笑) ![]() みんなに「カワイイ」と言われプリンセス気分120%な一日でした。 ![]() ![]() 帰りは何も食べず(笑)娘は車の中でプリンセスの夢でも見ていたのか爆睡 母も膝がカクカクするほど疲れ、次の日ジムでマッサージチェアを占領していました (苦笑) またまたお久しぶりです。
日本に帰るたびに時間を割いて会いに来てくれる友人はとても大切な人達。 本当に感謝です。 この日はお魚釣りが体験でき、その場でいただけると言う「ざうお」に行きました。 まず釣り竿に餌をつけます。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 本当は鯵を釣ってもらいたかったのに(釣ったお魚のお値段を支払うシステムで 鯵はリーズナブルなお値段だったので。。) すぐ鯛を釣ってしまった子供達、でもとっても楽しそうでもう1匹!もう1匹!と おねだりされたけどその場で調理しなければいけないので却下です。 でも多人数だったら楽しいかも! お久しぶりです。
娘と2人、無事日本に着いております。 簡単ですがブログ更新させて下さい。 日本出発の前、バタバタの中娘の5歳のお誕生日を 幼稚園のお友達とお祝いしました。 ![]() 9月終わりでもまだまだ暑かったジェノヴァ、この日はみんな水着(無い子は下着で!) お祝いしてくれました。ただ娘はろうそくの灯を消す時だけプリンセスのドレスと ティアラをしてもうお姫様!今日だけ主役ですものね。 そして数日後満席の飛行機に乗って日本に着いて幼稚園に通い始めました。 先週末、娘は初めての運動会も経験しました。 ![]() 日本の運動会、久しぶりに参加しましたがいいですね~。 足の速かった私はとてもいい思い出があるので思い出しちゃいました! 娘もかけっこは2位でした! 出発するまで。。成田に着くまで放射線の事、食事やお水の事を考えると 不安や心配もあったけど震災以後の日本を実際自分の目で見る事ができて 少し安心しました、何も問題なく安心して暮らせるという意味ではなく 自分の目で見てみたかった、あとは私の責任のもとで注意していきたいと思います。
日本行きまで2週間切りました。
その前に娘のお誕生日会を行うので気持ちだけ焦って実際何も手につかず状態な日々 そんな時18年物の我が家の洗濯機が壊れました。 5~6年前も壊れた時があって「買い替えか!」と喜んでいて 次の日外から家に帰ってみると旦那がエプロンして洗濯機を解体して (この人は電気屋か。。と思ったけど)直してしまったんです。 脱水してもなんか絞ればまだ絞れんじゃね?と思うような洗濯機でしたが とうとうおさらばです(笑) そんな訳で毎日手で洗濯してます。寒くなる前で良かったー 全くヴァカンスモードはどこへやら。。。でも更新させてね。 さてお世話になった先輩とは日本で会う約束をしてボニューの街を離れ エクスアンプロヴァンスの街に向かいました。 とても暑かったので一度予約したミラボー通りにあるホテルをキャンセルして 中心地から少し離れたプールのあるホテルにしました、 辺りに何も無いので中心地まで行くのには車で5分~10分で不便とは言わないけど 娘もプールで沢山遊んだので今回はこれで良かったと思います。 まず最初に飛び込んできたのがPlace de la Rotonde (ロトンド広場) ![]() ![]() 100以上はあると言われている噴水の魅力に写真を撮らざるを得ませんでした。 ![]() ![]() 私のブログの見出しの右端上の写真を見て「セザンヌだ、エクサンプロヴァンスだ!」と 判った方はプロヴァンス通!(かな?) 私は自称隠れゴッホファンなので画家セザンヌの事や絵はあまり知りません ![]() ![]() しかし、プロヴァンスを訪れてみて思いました あの抜けるような空と中世から変わらないであろうあのたたずまい、 多くの印象派の画家が移り住んで愛した今も変わらないあの風景に納得です。 ![]() ![]() ん?フィレンツェにもこういうの(イノシシ?)ありましたよね? ![]() フランスはやっぱりパンがおいしい、でもこの街に来てから2日間連続で 韓国人経営の和食屋さんでごはん食べました。 娘がなんと車でこの和食屋さんの前を通った時「おしょうゆの匂いがした!」 と言ったんです。 そのお店が何か判らない時で振り返って見てみるとこの和食屋さん! よっぽど食べたかったのでしょうね、彼女のリクエストで本場のブイヤベースは 次回の楽しみにとっておいて娘はお寿司、私はさっぱりうどん 旦那はプルコギ頼みました(爆) ![]() その時の写真が私のフェイスブックの顔写真になってます (←いらない情報) ![]() 旧市街の通りにセザンヌのプレート↑が道にはめてあります。 これをたどって行くとセザンヌゆかりの場所へと導いてくれるようです。 枯葉はとってつけたように写ってますが何も「演出」はしていません(笑)
いつまでも旅行記のアップで申し訳ありません
今は日本行きの事で頭がいっぱいなのに何も手をつけておらず あっという間に娘の幼稚園の最初の1週間が終わってしまいました。 さて、リュべロン地方の中で最も有名で観光客が多いのがGordes(ゴルド) 写真お借りしてます↓ ![]() 宮崎駿作品の中のあれです。 そう!「天空の城ラピュタ」 未確認ですが検索した結果このゴルドの街は 「天空の城ラピュタ」のモデルになったらしいだそうですーー; イタリアのラツィオ州にあるCivita di Bagnoregioと言う街にもそれらしきものがあるようですが真意は定かではありません。 階段や坂の石畳の両側には石造りの建物 日陰と日向の強弱がはっきりした街です。 ![]() ![]() 観光案内所なんかもあったりしてお土産屋さん(娘にラヴェンダーの絵のTシャツ買いました)や レストラン、カフェも多くボニューより観光地化されています。 ![]() ![]() フランスに行くといつも探すものがあるんです。 でも未だにゲットできずじまい。。。 それは食卓に上る「パン入れ」(爆) バスケットとでもいいましょうか、籠とでもいいましょうか。。。。 かわいい布が張ってあるちょうどいいサイズのそして安い←これ重要が 見つけられないんです。(笑) 実はこのゴルドの街で超かわいいしかも布に「pain(フランス語でパン)」と書かれた 籠があったんです 「あったー!!」と旦那に「これいくらか聞いて!」とお願いしてその答えが 60ユーロ。。。。 しかもこの籠だけではなく他に大きすぎる籠と、小さすぎる籠がついてて 3つセットで売っているんだそうです。。。 クソー! 残念! 写真を撮らなかったのでお見せできずにこれまた残念 ただ買わないのにエレガントなお土産やさんの中で写真をバチャバチャ撮る事は さすがにできませんでしたけどね。 ![]() ![]() これがまためちゃうま!なタルトでした。 ゴルドの場所はこの辺です。 ![]()
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![]() by moconail5ott 最新のコメント
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